「聖書の時代と風物」

19章  水と潅漑

21章  洗足
第20章


最後の晩餐の「パンきれ」



「イエスがこれらのことを言われた後、その心が騒ぎ、おごそかに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ろうとしている」。弟子たちはだれのことを言われたのか察しかねて、互に顔を見合わせた。弟子たちのひとりで、イエスの愛しておられた者が、み胸に近く( 注1)席についていた。そこで、シモン・ペテロは彼に合図をして言った、「だれのことをおっしゃったのか、知らせてくれ」。その弟子はそのままイエスの胸によりかかって、「主よ、だれのことですか」と尋ねると、イエスは答えられた、「わたしが一きれの食物をひたして与える者が、それである」。そして、一きれの食物をひたしてとり上げ、シモンの子イスカリオテのユダにお与えになった。」(ヨハネ13:21−27)。


聖書のこの1節は平均的な聖書読者に困惑させる多くの疑問を提起させます。
弟子のヨハネは、食事を食べている間に、どのように「イエスの胸に寄りかかる」ことができましたか? 食事中に、一人は他の人の「胸の上に横たわって」いることがあり得るでしょうか? イエス様が言及した「パン切れ」は何でしたか? そして「それから、パン切れを浸して取り、ユダにお与えになった。」の意味は何でしょうか?

この場面を理解するためには、東洋の調度品と習慣が我々のと非常に異なっていることを覚えていなくてはなりません。 我々が使うような椅子とテーブルは、伝統的な東洋の備品ではありません。都市住民の貧しい階層の人々としばしばテント居住者である田舎の人々は、通常低いテーブルの周りに円になってあぐらをかいて座ります。 彼らは、すらりと裾までたれる長いゆるやかな外衣で足をすっぽりと覆うようにして、敷物あるいはわら下敷きの上に座ります。

テーブルの上の唯一の皿に、食物が盛られます。料理が個別の皿で、食事を食べるそれぞれの人に提供はされません。当時は、食物の大きい皿一つが慣習的にテーブルの上に置かれます、そしてすべての人が、その皿に手を突っこみそれから取り出して食べます。ナイフ、フォーク、スプーンなどのような用具はありません。これらは実際、比較的最近の考案で、そして西洋文明に特有のものです。

都市の家庭や、地方のより豊かな人たちの間では、人々がテーブルを取り囲む寝椅子の上にゆったり横になります。 それでもなお食物は一つの大きい盆あるいは皿で出されます、そしてみんなは共通にそれから取り出します。東洋の人と一緒に食べることは、我々の西洋の文化で感じるよりずっと近い友情のきずなを暗示します。豊かなサークルや、あるいは特別な、宗教的、あるいは民間の式典の時には、トリクリニウム(注3) が使われるかもしれません。このテーブルは、食物を開いている中心から給仕できるように、これはUの文字形をしています。3つの横側には、長椅子が、テーブルの周りに取り付けられています。

長椅子の上によりかかりながらそれぞれのゲストが食べます。
左の腕で体の上の方を休ませ、頭を起こし、足を後方に延ばします。(身体を横にしてほおづえをつくようにします。)。快適さを増すために、クッションが常に背中の後ろに置かれました。すべての食事客が一緒にこの同じ姿勢をとるなら、2番目のゲストの頭が、初めのゲストの胸の前にあることになります。もし彼が密かに後と話をすることを望むなら、後ろの人の胸にただもたれかかって、小声で話をすればよいことを意味します。あるいは親愛の情の証しとして、実際に頭を他の人の胸に置くことは、東洋では一般的でした。

これは明らかにイエス様が、弟子たちと食べた最後の晩餐のための用意でした。
「あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」とイエスが言った(21節)とき、シモン・ペトロはヨハネに、「だれについて言っておられるのかと尋ねる」ように合図した。(24節)
それがこのことの重要性を明確化します。
その応答としてヨハネは静かにイエス様の胸に寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」と尋ねました。(25節)イエス様は、ヨハネの方に向き、静かに「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。(26節)
ヨハネは隣の人から次の人へとシモンに到着するまで、ユダが会話のメッセージのこの部分に完全に気が付かないという状態で、答えをささやくことができました。

同じく食べるときの姿勢がルカ7:38 とヨハネ12:3で言及された出来事を明確にします。ルカは、イエス様が食事をしていた家に入って来た、その町のある女性について話します。「後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。」 (ルカ7:38 )イエス様の足はテーブルから離れて、高足の寝椅子に上げられて、その上によりかかっていましたから、女性はイエス様の足にただかがんで、そのことをすることができました。

今ユダが最後の晩餐において主の裏切り者であると認知された事態を明確化しましょう。
「わたしと一緒に手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る。」(マタイ26:23)とイエス様が言いました。そのとき、イエス様は、彼と一緒に食べている弟子の一人が裏切り者になると断言していましたが、それがだれであるかについて明らかにしていません。イエス様が「十二人のうちの一人で、わたしと一緒に鉢に食べ物を浸している者がそれだ。」(マルコ14:20)と話したとき、彼ら全員が同じ皿から食べている途中でした。

けれどもヨハネの福音書で、イエス様の胸に頭をもたれかけていたヨハネにささやいた言葉に気付いてください。イエス様は、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。(13:26)。これは裏切り者を特徴づけるための行為でした。
イエス様が言及した「パン切れ」は何でしたか? 彼らは食事の際に、食卓用の金属の器を使いませんでしたから、パンを小さく折りとって皿から食物を汲みあげることはごく自然でした。 この手段によって彼らは、口に食物を運びました。
パン切れは、食物の固形の部分を拾い上げたり、液体あるいは出し汁を汲み上げるための一種のスプーンあるいは大さじとして使用されました。今までの私の経験では、パンは他のどんな食物とでも一緒に食べられました。他の食べ物の取り扱いを容易にしました。だれでもすぐにフォークやスプーンの代わりにパンの切れを使うことを学びます。それは聖書で「パン切れ」であると述べられている、皿から汲むパンの破片でした。

ホストが皿からパン切れを取って、食物のごちそうを汲み、ゲストの口に入れることは、丁重な行為であって、近東ではごく普通です。それでイエス様がユダに行なったことは特に異常ではありませんでした。しかしそれは、イエス 様は、ユダがそのときしようとしていたことを知っていたことを示します。イエス様は、ユダにたいする礼儀正しい友情と愛の行為を表現したのでした。

アブラハム リバニーというある執筆者が、主のこの行為を、「ユダ、私の弟子よ。私は無限にあなたのことを残念に思う」と、てまね身振りで表したのだと描写しました。「あなたは心の中で私を見捨てたというあやまちを経験しました。しかし私は、そのためにあなたを私の敵として扱うことはないでしょう。なぜなら、私は、滅ぼすためではなく、満たすために来たからです。ここに、友情の私のパン切れがあります。そして、『あなたがすべきことを直ちにしなさい』」と言ったのです。

イエス様がユダに与えたパン切れは、彼に見せることができた最も高い愛の表現でした。
それは疑いもなく、ユダがその時約束することを計画していた恐ろしい罪の世界から、彼を呼び戻す、最後の試みでした。

このイエス様のパン切れは、無限の愛の本当の象徴ではありませんでしたか?




注1)み胸に近く(口語訳)、  (英語では、 leaning on Jesus' bosom、
                           イエスの胸にもたれかかって)


注2) パンきれ (sop)ソップ   《1) ミルク・スープなどに浸した食物片, パンきれ
                      2) そのスープ[ミルク]; パンなどを浸して食べる汁.

注3) トリクリニウム 食卓の三方を囲んで寝椅子を設けた食卓

 

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